
AI時代のブランディング。ブランドは「印」から「命」へ。
生成AIの登場でビジネスの効率化・自動化が加速する中、その先にある本質的な変化はどこにあるのか。AIエージェントがブランドと生活者をつなぐ新たな「インターフェース」へと進化しつつある今、ブランディングの方法論もまた根本から問い直されようとしている。
2026年3月、博報堂DYグループ主催のウェビナー「AI時代のブランディング~ブランドは『印』から『命』へ〜」が行われた。前半は博報堂執行役員の嶋浩一郎と博報堂DYホールディングス執行役員の森正弥が対談を行い、AIエージェントの特徴とその強みを活かした新しいブランディングのあり方について議論した。また、後半では博報堂CXクリエーティブ局の中島優人が新ソリューション「Branded AI Agent™」を解説した。その全体像をレポートする。
前半 対談:嶋浩一郎 × 森正弥
AIエージェントとは何か――3つの視点から捉える
嶋
今日のテーマは「ブランドは印から命へ」です。AIエージェントがブランドと生活者をつなぐインターフェースになる時代が来ていますが、まずAIエージェントとは何かを整理してもらえますか。
森
AIエージェントを一言で言えば、「生活者とブランドをつなぎ、自律的にタスクを実行する存在」です。ただ、重要なのは技術視点だけで語らないことです。AIエージェントは、「技術」「生活者」「企業・ブランド」という3つの視点で捉える必要があります。
技術的には、AIが自律的に判断し、タスクを実行する存在。一方で生活者にとっては、自分を理解し、最適なブランドとの出会いを支えてくれる存在です。そして企業・ブランドにとっては、生活者をより深く理解し、一人ひとりに最適な体験を届けるための接点になります。この3つの視点を重ね合わせることで、ブランディングにおけるAIエージェントの本当の役割が見えてくると思います。
嶋
技術的には、どうやって1万人のお客さんとそれぞれ個別の会話ができるんでしょう?
森
ポイントは2つあります。まず、今のAIはGPUという半導体が支えていて、並列演算処理が得意です。1万人のリクエストを同時に処理できる基盤がある。もう1つ重要なのが「長期記憶」です。今のAIは過去の会話をすべて記憶・蓄積するメカニズムを実装し始めています。
自動車の販売に例えると、長年そのブランドの車を乗り継いできたお客様と、初めて免許を取った人に対して、それぞれに異なる会話を最適化できる。それを同時に行えるのがAIエージェントの本質的な力です。
究極のパーソナライゼーション――生活者の「頼れる友人」になる
嶋
「パーソナライゼーション」は今のマーケティングのキーワードですが、AIエージェントの登場によって究極の形まで進むでしょう。金融会社であればNISAや資産運用をいつでも相談できる「頼れる知り合い」になれるかもしれない。飲料メーカーなら流行りのクラフトジンの飲み方を教えてくれる詳しい友人。ファッションブランドなら、趣味や過去の会話を踏まえてコーディネートを提案してくれるアドバイザー。生活者1人ひとりとブランドが親密な関係を築ける時代が来ようとしています。
森
生活者側も、AIへの相談のハードルは急速に下がっています。AIを「個人的な相談相手」として受け入れている人が多いという調査結果もあり、何かを検索する前に、まず漠然とした悩みをAIに打ち明ける行動が増えています。
こうした変化を踏まえると、AIは単なる情報提供ツールではなく、ブランドと生活者が対話する新しい接点になり得ます。その好例が、イタリアの高級ブランド・ブルネロ クチネリの「ソロメオAI(Solomeo AI)」です。ブランドが受け継いできた職人技やソロメオ村の文化、「人間主義的経営」という思想までAIに学習させることで、生活者がブランドの世界観そのものと対話できる体験を実現しています。
さらに興味深いのは、その裏側です。対話のトーンを担うAI、表現を司るAI、倫理やコンプライアンスを管理するAIなど、複数のAIエージェントが役割分担しながら連携し、一つの人格としてブランドを体現しています。これは、AIエージェントが単なる「情報案内役」ではなく、ブランドの価値観や思想を伝える存在になり得ることを示す象徴的な事例だと思います。
会話がインサイトを生む――推論AIがもたらす新たな可能性
嶋
「会話」というインターフェースの可能性についても話したいです。雑談も含めた自由な会話にこそ、生活者の本音が隠れています。例えば、旅行の相談をしていたつもりが、「実は本を読みたかったんだ」と気づくこともある。こうした偶発的な発見は、これまでのマーケティングでは取りこぼしてきたものです。AIエージェントは、その会話の中に眠るインサイトを拾い上げる存在になると考えています。
森
その可能性を大きく広げたのが、推論AIへの進化です。AIの歴史を振り返ると、1950年代から1990年代まではプログラミングやロジックに基づいて動くAIが主流でした。2000年代に入ると、大量のデータをもとに判断するAIへと進化し、生成AIの登場によって自然言語で指示を出せるようになりました。そして、推論AIの登場によって、AIは「答える存在」から「考える存在」へと進化しています。
長期記憶を持つ推論AIは、過去の会話や文脈を踏まえながら、ユーザーの何気ない一言から「実はこういうことが気になっているのでは?」と背景まで推測できます。さらに、「でも、本当はこういうことじゃないですか?」と問い返すこともできる。この問い返しによって、生活者自身も気づいていなかった欲求や価値観が引き出されるのです。AIが単に生成するだけでなく、推論する存在になったからこそ実現できる価値だと思います。
嶋
その実践例として、博報堂DYグループが東京ドームシティの子ども向け施設「ASOBono!(アソボーノ)」で行ったAIエージェントの事例がありましたよね。
森
はい。施設で遊んだ子どもたちにAIが「今日は何が一番楽しかった?」「でっかい滑り台、滑ったの?」と会話形式で問いかけ、そのやり取りをもとに「世界に1つだけの思い出壁新聞」を作るサービスです。施設側は、これまで得られなかったリアルなお客さまの声を得られますし、親御さんにとっても、子どもとの体験をより深い記憶として残すことができます。会話そのものが、生活者と企業の双方に新しい価値を生み出している事例だと思います。
選ばれるAIエージェントの条件――「偏愛」と「共創」
嶋
AIエージェントが乱立する時代には、「選ばれる存在」になることが不可欠です。人が友人を選ぶように、AIエージェントも「また話したい」と思われる存在でなければなりません。そのとき重要になるのが、「キャラ立ち」と「偏愛」です。すべての情報を均等に知っている万能なAIより、あるテーマにとことん詳しく、話していて面白いAIの方が、結局また会話したくなる。
その良い例が、2025年10月に開催されたマガジンハウスの創業80周年記念イベントで実施された、雑誌『BRUTUS(ブルータス)』とGoogleのAI「Gemini」のコラボレーション企画「もしもし、ブルータス。 with Google Gemini」です。BRUTUSの世界観をもったAIが、人々を魅了しました。
森
検索エンジン、そして生成AIの登場によって、情報そのものは誰でも簡単に手に入れられるようになりました。今後は、情報を処理すること自体の価値は相対的に下がっていくでしょう。だからこそ、これからは「このブランドは何を大切にしているのか」「どんな価値観を持っているのか」が、生活者にとっても、AIエージェントを設計するうえでも重要になります。
そこで私たちが提唱したいのが、「共創エージェント」という考え方です。企業・ブランドは、AIエージェントを通じて生活者を深く理解し、生活者もブランドの価値観や思想を理解していく。その相互理解が深まることで、AIエージェントもデータを蓄積しながら成長し、ブランドと生活者の関係もより強くなっていく。単にコンバージョンを獲得するのではなく、一緒に価値を共創する関係を築くこと。それこそが、AIエージェント時代のブランディングの核心です。
後半 中島優人が語る「Branded AI Agent™」の作り方
AIがブランドを「同質化」させるリスクに向き合う
中島
AIを使えば誰でも同じようなアウトプットが生み出せる時代になった今、皮肉にも「ブランドの同質化」というリスクが生まれています。
実際、約79%のブランド担当者がAI活用によるブランドの個性喪失に懸念を持っているというデータがあります。効率化を追い求めながら、いかに独自性を守るか――それが現在のブランディングにおける最大の課題です。この課題に応えるために私たちが提唱するのが「Branded AI Agent™」という考え方です。
ブランドを1人の人格として定義し、AIエージェントに「命」を与える。もしあなたのブランドが人だとしたら、どんな思いを持ち、何に興味を持ち、どんな言葉で生活者に話しかけるのか。そのキャラクターを明確に設計した上でAIエージェントとして実装することで、あらゆる接点でブランドらしい体験を一貫して届けることができます。
従来のブランドガイドラインはPDFの静的な定義でした。しかし接点が多様化し、常時接続が当たり前になった今、ブランド定義そのものを動的でインタラクティブなものにしていく必要があります。AIエージェントはその器になれると私たちは考えています。対話を重ねるたびに生活者のインサイトが蓄積され、ブランド自体が学び、成長していく。そういう循環こそがBranded AI Agent™の本質です。
ブランドらしいAIを作る、6つのポイント
中島
博報堂の社内カルチャー「粒揃いより粒違い」を体現したプロトタイプ「一緒に話そう、粒違い」の開発・実験を通じて、ブランドらしいAIをつくるための6つのポイントが見えてきました。ポイントは大きく2つの層に分かれます。1つは、AIそのものの人格や振る舞いを設計する「AIエンジニアリング」。もう1つは、生活者との接点や体験を設計する「AIエクスペリエンス」です。どちらにも、これまで広告コミュニケーションや体験デザインで培ってきた知見を活かせる余地があると考えています。
①ブランドの定義
ブランドパーパスのような「社会に開いた定義」だけでなく、「生活者1人に対して、日々の生活の中でどんな体験をしてほしいか」という形に落とし込むことが重要です。「地球を守りたい」ではなく「日々の暮らしの中で自然を楽しんでほしい」と言えるだけで、AIとの会話が格段にパーソナルで豊かになります。
②性格規定
「誠実」「アクティブ」「親しみやすい」といった形容詞ではなく、「何に喜ぶのか」「どんな話を聞いたら怒るのか」「どんな口調で話すのか」という動詞・具体的行動で規定することで、AIの振る舞いが一貫したものになります。
③知識の編集
ChatGPTやGeminiは知識に偏りがあると問題ですが、ブランドのAIは違います。「偏った知識」「主観的な知識」こそがブランドらしさを生む。旅行好きのAIに世界遺産情報を学習させる際も、百科事典的な情報だけでなく「このAIならどんな感想を持つか」という主観もセットにすることで、会話が生き生きとしてきます。企業の社史や経営者の言葉も、重要なナレッジとして再活用できます。
④理想の対話の設計
CMのコンテを作るように、「心地よい対話の流れ」をモデル化してAIに実行させる。弊社のブレストでよく起きる「誰かが関係のない話を始めて、みんなが乗っかって、最後に仕事に繋がるアイデアが生まれる」という流れをプログラム化するイメージです。対話の起承転結を設計することが、ブランドらしい体験の質を高めます。
⑤UX・UIの多様化
チャット形式だけがAIのインターフェースではありません。漫才のような掛け合い、リレーコラム形式、バーチャルオフィス型、SNS形式――UIを設計し直すことで、ブランドの世界観を体験として届けられます。「粒違い」では、吹き出しが上に積み重なっていくことで対話がどんどん膨らむ楽しさを表現しました。
⑥キャラクターデザイン
ブランドの思いを「語る」キャラクターより、「話したくなる」キャラクターを目指す。目の動きや表情、細かなリアクションひとつが生活者の愛着を育てます。例えば、英語学習アプリ『Duolingo』がちょっと怒った表情で「まさかレッスン サボるつもりじゃなかったよね」と話しかけてくるような、従来のブランドコミュニケーションにはなかった感情的な表現も、パーソナルな関係の時代には重要になってきます。
コンバージョンの時代から、「カンバセーション」の時代へ
「コンバージョン」とは、生活者が購入や登録などのアクションを起こすこと。「カンバセーション」とは、ブランドと生活者が対話(conversation)を重ねながら関係を育てていくことです。コンバージョンの時代から、カンバセーションの時代へ。一度行動してもらうことではなく、「また話したい」と思われるブランドをどうつくるかが、これからのブランディングでは重要になります。
そのために必要なのは、ブランドの人格や価値観を深く捉えること。そして、広告クリエイティブやブランド体験の知見を、AIエージェントの設計に生かしていくことです。AI時代のブランディングやブランド体験を、皆さんと一緒に切り拓いていけたら嬉しいです。