
生成AIで顧客の声を武器に
コンタクトセンターに寄せられる問い合わせ、SNSの投稿、アンケートの自由記述欄。これらVOC(Voice of Customer/顧客の声)には、顧客のニーズや不満を解像度高く捉えるヒントが詰まっている。しかし、その重要性を認識しながらも、分析の手間と労力から十分に活用できていない企業は少なくない。博報堂CRM&システムコンサルティング局のDATA GEARチームが開発した「DATA GEAR Voice Analysis」は、生成AIを活用してこの課題を解決し、顧客の声を確実にビジネス価値へと変換する新しいソリューションだ。
VOCという「宝の山」から宝を掘り出せない理由
デジタルマーケティングの利点は、広告からサイトへの流入数や購買率といった定量データを活用できることにある。しかし、こうした数値だけでは「なぜ商品を買わなかったか」「どのような点に不満があるか」という理由までは読み取れない。そこで必要となるのがVOCの分析だ。定量データとVOCデータを組み合わせることで、顧客理解を深め、マーケティング精度を飛躍的に高められる。
テキストマイニング手法によるVOC分析は以前から行われてきたが、その多くは人の手に頼らざるを得ず、「VOC活用には労力がかかる」という認識が企業に根強く残っている。本来「宝の山」であるはずのVOCから、宝を掘り出せていない状況が続いてきた。
一般的にVOC分析を進める上での課題は大きく三つある。第一に、データを収集するチャネルの選定と多様性確保。分析精度を高めるには、チャネルの特性を理解し、質と量の良いデータを適切に収集することが不可欠だ。第二に、収集したデータの質と量の確保。信頼性の低いデータが多いと分析精度が低下してしまう。第三に、分析結果の解釈と組織への浸透。データを課題や顧客ニーズと結びつけ、正しく解釈することで初めて、具体的な改善策につながるインサイトとなる。
近年は生成AIツールを活用すれば自社でも簡単にデータ分析ができるようになってきた。しかし汎用モデルを使用する場合、一般論的な分析結果しか得られない、学習データの質と偏りに左右され正確性が損なわれる、アルゴリズムが複雑で結果の根拠が不明瞭になるといった課題がある。
生成AIと博報堂の知見を融合した新ソリューション
DATA GEAR Voice Analysisの開発が始まったのは2023年末。クライアントが保有するVOCを分析する作業を効率化できないかと考え、生成AIを活用したところ大きな効果が得られることが判明し、パッケージソリューション化が決定された。
このソリューションの特徴は、AIによるVOC分析業務の効率化と、人の目では気づかなかった視点をAIが提示してくれる点にある。さらに、データ処理の柔軟性が増したことも強みだ。絵文字が入ったテキストやインターネットスラングが多用されたSNS投稿なども、AIは難なく解読する。また、テキストや音声だけでなく、画像や動画も分析対象とできる。
ただし、AIはあくまでもツールだ。ツールが出したアウトプットをどう解釈し、どのようにクライアントのビジネスにつなげていくか。そこを担うのは人である。マーケティングやプランニングのプロである博報堂のメンバーが分析結果を次のアクションにつなげることで、データを具体的な価値に変えていく。「AI×人」の力で、VOCから生まれる価値を最大化できることが大きな差別化ポイントだ。
さらに、最終的にはクライアント側で運用を内製化することを目指している。VOCの示唆をクライアント社内で使えるAIエージェント化することで、より機動的にソリューションを活用でき、クライアントの競争優位性につなげられる。内製化支援までを含むソリューションであることも重要な特徴である。
博報堂独自の「ターゲットペルソナ学習型AI」
DATA GEAR Voice Analysisの最大の特徴は、三つの要素にある。
第一に、生活者のリアルなペルソナ作成とインサイトの深掘りだ。博報堂の生活者調査データベースを活用し、顧客の属性、価値観、メディア接触行動から生活者ペルソナを作成。このペルソナをAIに学習させることで、従来のAIツールよりも深くターゲットのインサイトを理解し、高精度な分析が可能になる。
第二に、生成AIと博報堂ストラテジックプランナーの融合による高度なデータ探索。AIは大量データ解析に優れているが、その結果を有益なアクションに変えるには深い考察とコンテキスト理解が不可欠だ。AIの効率性と博報堂の戦略プランナーの考察力を融合することで、データに基づいた戦略的な施策立案が可能となる。
第三に、多様なデータソースの統合による包括的な顧客理解。SNS投稿、アンケートなど多様なデータを統合することで、生活者行動や意識を広範囲に把握。従来データでは見逃しがちなニーズや傾向も明らかにし、特定のセグメントに対する深い理解に基づいた戦略的な意思決定をサポートする。
分析プロセスは、課題定義→ターゲットペルソナの明確化→分析用AIモデルの学習→データ収集・加工→データ探索→分析結果解釈・考察→施策展開という流れで進む。分析の精度を高め、結果判明時のアクションの起こしやすさを担保するため、「仮説」「活用視点」のすり合わせをした上で分析を行うことが重要だ。
幅広い業界で実証される効果
実際の活用事例を見ると、その可能性の広がりが見えてくる。
消費財業界では、SNSの投稿内容をAIが分析し、商品が使われる「意外なオケージョン」を特定することで、新たな市場機会と新ターゲットを創出している。ヘルスケア業界では、コールセンターログとSNSデータから新商品への顧客の反応をAIが分析し、適切な情報発信とユーザー理解を促進している。また、日本企業の海外展開においては、海外市場における自社ブランドの評価と競合トレンドをAIで可視化し、効果的なマーケティング戦略を策定するケースも出てきている。
サービスは二つのプランで提供される。分析レポーティングプランは、博報堂生活者データベースをもとにターゲットペルソナの精緻化、各種VOCを分析し効率的かつ的確な意思決定を支援する。業務化・内製化支援プランは都度見積もりとなり、AIを活用した継続的な分析と業務・マーケティング改善を見据えたデータ定義や体制整備を支援する。
これまで10年間CRM活動の支援をしてきた経験から、デジタルテクノロジーやデータ活用の取り組みは属人化する傾向があることが明らかになっている。CRMのプロが異動や退職すると、CRM活動が滞ってしまうケースを何度も見てきた。しかし、DATA GEAR Voice Analysisを活用することで、CRMにVOCを活用する取り組みのハードルは大きく下がる。現場でマーケティングを担当する人々がよりスムーズにCRM活動に取り組め、その成果を事業成長につなげられるようになるはずだ。
生成AIの登場により、VOC活用の可能性は飛躍的に広がった。しかし、技術だけでは真の価値は生まれない。DATA GEAR Voice Analysisが示すのは、AIの力と人の洞察力を融合させ、顧客の声を確実にビジネス成果へと変換する道筋である。