人間中心のAI──社会原則を超えた創造性の進化へ

AIの技術革新が加速度的に進む中、組織や社会はいかにAIと共創し、人間の創造性をいかに高めていけばよいのだろうか。内閣府が策定した「人間中心のAI社会原則」が、AI活用の戦略と推進において重要な指針となっている。しかし今、その原則を基盤としながらも、さらに一歩進んだ人間とAIの関係性が問われている。

2026年1月、博報堂DYホールディングスのHuman-Centered AI Institute(以下、HCAI)の代表、森正弥が東京広告協会の法政委員会勉強会で「人間中心のAIのアップデートと創造性の進化」をテーマに行った講演内容をレポート形式で紹介する。

AIに対する「普遍的な人間の価値」の認識は西洋・東洋で異なる

昨今のAI技術の進化はすさまじい。GoogleのGemini 3.0やNano Banana Pro、その後に続いたGPT-5.2のリリース等による技術の飛躍的向上など、1年前に語っていた未来予測が数ヶ月で陳腐化してしまうほどのスピードで変化が起きている。トップ研究者ですら「なぜこれほど早く実現できたのか」と驚くような技術が、毎月のように登場している状況である。

今後もこの加速度的な進化は続くであろう。そこで重要になるのは、技術のキャッチアップと並行して「普遍的な人間の価値とは何か」を問い続けることである。

AI時代における人間の価値を考える上で、昨年9月に開催された京都哲学研究所主催の「第1回京都会議」での議論は示唆に富んでいた。世界中の哲学者や産業界のトップが集ったこの会議のテーマは「人工知能(AI)時代にこそ必要となる、社会の根幹たる価値観や価値についての議論と対話」であり、「今こそ世界に哲学を」という研究所の理念にもとづきながら、AI時代の人のあり方や価値について活発な議論が行われた。

この会議で京都大学の出口康夫教授が提示した「西洋・東洋での『人間』の捉え方の違い」が非常に興味深いテーマであったのでご紹介する。

西洋的な価値観において、人間は「分割できない個」であり、「できる存在」と定義される。ニーチェの超人思想のように能力(できること)こそが人間性であるならば、その能力を凌駕しようとするAIは脅威となる。よって、西洋ではAIロボットといえばターミネーターが想起され、それに対峙するのは英雄的な人間であるジョン・コナーとなるのである。

一方、東洋的な価値観では、人間は「関係性の中の自分」であり、本質的に「一人では生きられない、できない存在」である。欠落があるからこそ、他者と協力し合う。日本ではAIロボットといえばドラえもんであり、ドラえもんに対峙するのはのび太である。のび太は「できない存在」であるが、かけがえのない人間として愛されている。この弱さやできなさこそが、AIを仲間として迎え入れる土壌となるのである。

「人間中心のAI」を2軸からアップデートする

人間に寄り添うAI、すなわち「人間中心のAI」という概念の起源は、1999年のISOによる「人間中心設計」にある。その後、AIの社会的影響力の増大に伴い「リスク管理・倫理・ガバナンス」の文脈で人間中心のAIが語られるようになった。日本では内閣府の統合イノベーション戦略推進会議が「人間中心のAI社会原則」を策定し、AI開発と活用の基本理念を示す資料として公開している。しかし今、スタンフォード大学などが提唱するように、「人間の能力拡張」へと焦点が移りつつある。

このような中、今「人間中心のAI」を2つの軸でアップデートすることが重要になっている。この考え方は、既存の社会原則を基盤としながら、AI戦略の新しい方向性を示すものである。

横軸:ガバナンスから創造性の進化へ

「人間中心のAI」において、近年ではガバナンスの強化が意識され「人間に害をなさないAI」という受動的な設計が進められてきた。一方で、今後の人間中心のAIは、受動的な段階を超え、人間が主体性を持って成長し、創造性を拡張していく方向への進化が必要である。

縦軸:ユーザーから生活者へ

オリジナルの「人間中心設計」では、人間とはすなわちシステムの利用者である個人ユーザーという狭い定義であった。一方で、例えば「AIでエネルギー消費を最小化する」「都市構造を最適化する」「犯罪を防止する」など、AIの利用により社会的な変化が生じる時代では、AIを直接利用していない人もAIの影響を受けることとなる。よって、AIの個人ユーザーだけでなく、組織や社会、生活者全体を対象として「人間中心のAI」を設計していく必要があるのである。

AIによる認知能力低下に陥らないために「サイボーグ型」でAIを利用する

一方で、AIの負の側面に関する研究やレポートも増えている。2025年に入り「AIを使うと人間の認知能力やチームのパフォーマンスが下がる」という研究結果が多数報告されるようになった。

MicrosoftとGartnerの研究者が行った調査では、AIのアウトプットに依存することで、知識労働者の認知能力が減退する可能性が示唆された。こうした研究資料やデータは、AI開発における重要な指針となっている。最近は、このような問題を「コグニティブ・オフローディング」や「AI浅慮」という用語で表現されたりする。AIを使うことで創造性を広げていくという理想がありつつも、実際に様々な分析をしていくとAIが人間の能力を衰えさせているという課題が浮き彫りとなっているのである。

この問題に対しては、「AIを道具としてではなくパートナーとして使う」ことが解決策となる。例えばAIから人間に質問させることで人間側に負荷をかけ、人間側の創造力を高めていくような使い方である。こうしたアプローチは、人間中心のAI社会原則が目指す「人間の能力を補完・拡張する」という理念とも合致している。

ペンシルベニア大学のイーサン・モリック准教授は、AIとの協働モデルとして「ケンタウロス型」と「サイボーグ型」を提示している。

ケンタウロス型(分業型)は、下半身は馬、上半身は人のように、「ここはAI、ここは人間」とタスクを切り分けるスタイルである。効率化には寄与するが、認知能力を下げるリスクがある。

対してサイボーグ型(協働型)は、AIと人間が一体化して思考するスタイルである。AIと対話し、ともに悩み、AIに「問いかけさせる」ことで、人間の思考を深め、品質を高める。

重要なのは、AIを作業の代行者にするだけではなく、自分に質問を投げかけ、気づきを与え、アイデアを引き出してくれるパートナーとしてもAIをデザインすることである。

博報堂DYグループの「主体性を引き出すAI活用」実践事例

博報堂DYグループでは、この協働を行う「サイボーグ型」のアプローチに近い実践を行っている。これらの取り組みは、人間中心のAI社会原則に基づいた組織全体のAI活用戦略の一環として推進されている。一例として、従業員インタビュープログラムをご紹介する。

従業員インタビュープログラムでは、インタビュワーとなるキャラクターAIが従業員にインタビューを行う。アンケート形式ではなくAIが「仕事で何にこだわりを感じるか」「嬉しい瞬間はいつか」などと聞き、従業員はこれらの質問に答えていく。AIに「聞かれる」という体験を通じて、従業員自身が気づいていなかった情熱やこだわりが言語化される。これにより、エンゲージメントサーベイでは拾いきれないリアルな思いが可視化され、経営層と従業員の新たな対話のきっかけも生まれる。

もう一つは、「AI逆メンタリング制度」である。AIをチームの意思決定に使うとパフォーマンスが下がるという研究が存在する中、実はチームに熟練者がいるとパフォーマンスが上がるという結果も明らかとなっている。こうした研究資料を踏まえ、AIとシニア層などの熟練者の組み合わせによりハイパフォーマンスを生む可能性があり、実際にガートナーは2028年にシルバーワーカーの黄金時代が来ると予測している。

しかし現状、シニア層のAI利用率は低いのが実情である。そこで博報堂DYグループでは、役員全員に若手社員を「AI家庭教師」としてつける逆メンタリング制度を実施した。役員ごとにカスタマイズした宿題を出し、毎週対話することで、経営陣自身に「AIで何ができるか」をインプットしたのである。これにより、トップの意識に火をつけることに成功し、グループ全体で8,500名規模のAI人材育成へとつながっている。この取り組みは、組織としてのAI活用推進戦略の成功事例として、社内外から注目を集めている。

今回は、「AIと広告」をテーマとした勉強会の最終回として、「AI時代における人間の創造性をどのように高めるのか」「組織や社会がいかにAIと共創するべきなのか」について学んだ。AIが出した答えを鵜呑みにせず、「自分はどうしたいのか」「さらに良くするにはどうすればいいか」と主体的に関わるプロセスによって、個人の認知能力は高まり、企業の生産性は向上し、市場や社会を変える新しい価値創造へとつながっていく。AIの進化は激しいが、それに圧倒されるのではなく、主体性を持ち続けることこそが、これからの企業と個人に問われているのである。

博報堂DYグループは、「人間中心のAI社会原則」という理念のもと、AIのリスクを適切に管理しながら、人間の創造性を高め、社会に新たな価値を提供していきたいと考えている。テクノロジーとクリエイティビティの両面から、AIの新しい可能性を追求し続けることが、今後のAI活用戦略の中核となっていく。

  • 森 正弥
    博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、 Human-Centered AI Institute代表

    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
    東北大学 特任教授、内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会 顧問。
    著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。