
AGI時代に勝ち残るための基盤「AI-Ready」とは | 業務・
昨今の生成AIの急速な進展は、単なる業務効率化ツールの域を超え、企業の創造プロセスや社会との関わり方を根本から変容させようとしている。博報堂DYグループが掲げる「人間中心のAI(Human-Centered AI)」のフィロソフィーは、AIを信頼性の高い生産性向上手段としてだけでなく、人間の創造性を拡張し、社会進化を支える基盤として捉え直すものである。
本記事では、Human-Centered AI Institute 代表の森正弥と株式会社博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局の土井 京佑が、AIとの協働が不可欠となる未来を見据え、企業が今取り組むべき「AI-Ready」な状態への変革アプローチとその実践ステップについて解説する。
近づく「AGI」の足音
現在、AI技術の進化スピードは専門家の予測をはるかに上回っている。2019年時点では、AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)の到来までには「あと80年」を要するというのが専門家の平均的な見解であったが、2023年にはその予測は「あと8年」へと劇的に短縮された 。さらに、AI研究の先駆者たちの間では、2026年から2030年の間にAGIが現実のものとなるとの予測が相次いでいる。
技術ロードマップを俯瞰すると、大規模言語モデルからスタートした進化は、推論モデルの登場、マルチモーダル化、そして自律的に行動する「AIエージェント」へと進展している。今後は、物理世界を理解する「世界モデル」の構築や、ロボティクスと融合した「フィジカルAI」の実現、そしてその先にあるASI(人工超知能)やシンギュラリティへと向かっていくことが予見されている。企業はこの加速する技術進化を前提とした戦略を構築しなければならない。

AI活用は調査・探索から「見極め・仕組み化」のフェーズに
技術の進化は目覚ましいが、歴史を振り返れば、単一の技術革新だけで産業変革が起きた事例はあまりない。例えば電話の発明には同時期に生まれた電気がベースとなっており、携帯電話やスマートフォンの発明はインターネット技術が密接に関係している。
AIもまた、他の技術や領域固有の強みと組み合わさることで初めて社会を大きく変えるユースケースを生み出す。例えば、自動運転はAIとバッテリー技術・センサー技術の融合によって成立しており、AI医療診断はMRIやCTの高精細画像技術との組み合わせによって進化している。企業がAIを活用する上では、AIと「自社の強み」をいかに組み合わせるかが重要となるだろう。
AIと自社の強みを掛け合わせ、新しい変化、変革をもたらしていくためのAI活用のフェーズは、以下の4段階に分類できる。
- 調査期:新たなAI技術の特性を把握する。
- 探索期:自社や業界での可能性をワークショップ等で模索する。
- 見極め期:技術の限界と有効な領域を特定し、成功事例を見出す。
- 仕組み化期:自社の業務システムや組織、データ基盤にAIを組み込む。
現在の多くの企業は調査・探索の段階に留まっているが、持続的な競争優位性を築くためには、「見極め」や「仕組み化」へとフェーズを移行させることが重要だ。調査・探索にとどまっている限り、そこを繰り返すだけで終わってしまい、やがて市場からは退出させられてしまうだろう。
技術の欠点と有効性を冷徹に見極め、自社の独自の強みである「データ」「業務」「組織」といかに融合させるかが、成否を分けるポイントとなる。

AIの本格適用を目指す組織に求められる「AI-Readyな状態」とは
では、どうしたら「見極め」や「仕組み化」へとフェーズを移行させられるのだろうか。キーワードは「AI-Ready」だ。AI-Readyとは、単にAIツールを導入することではない。「業務プロセスやデータが、AIがその価値を発揮できる状態に整備されていること」である。
業務プロセスやデータが分断された状態では、AIを導入しても部分的な最適化に留まり、かえって現場の作業負担や管理コストが増大する「DXの罠」に陥るリスクがある。AI-Readyな状態を構築することは、AIがデータを円滑に読み取り、業務フローの中で再現性高く機能するための基盤を整えることに他ならない。

AI-Readyな状態を阻む「業務」「データ」「組織」の課題
AI-Ready化を進めるためには、まず「AI-Readyな状態を阻んでいる原因」を理解しなければならない。よくある課題は、主に「業務」「データ」「組織」の3つの観点から整理できる。
1. 業務の課題
多くの既存業務は、AIの活用を想定して設計されていない。特定の人間にしか内容がわからない属人的な業務や、手順が不明確なアナログなプロセスが散見される 。これらはAIにとって理解が困難であり、誤回答・誤動作の要因となる。
2. データの課題
構造化された数値データだけでなく、コールセンターの音声ログ、画像、動画、自由記述のアンケートといった「非構造化データ」の活用ニーズが急増している。しかし、これらは社内にサイロ化して点在しており、重複や品質のばらつき、そしてAIが処理しやすい形式での蓄積がなされていない。
3. 組織・ガバナンスの課題
AI活用が一部の関心が高い層に限定され、全社的な広がりを見せないケースが多い。また、部門間でのデータ連携や活用ルールの不備、AIに対するリテラシーの格差が、組織的な推進力を削いでいる。
AI-Readyな状態を実現するための3STEPでの変革アプローチ
これらの課題を解消し、AI-Ready化を実現するためには、以下の3つのSTEPを通じた変革が求められる。

STEP 1:AIユースケースの策定
変革の出発点は、AIによってどの困りごとを解決し、どのような価値を創出するかという「最終的な出口」を明確にすることである。例えばコールセンターであれば、蓄積された「お客様へのアンケート」という非構造化データを分析し、新しいセグメントを発見していく取り組みが一例となるだろう。自社の課題に応じたユースケースを定めることがスタートだ。
STEP 2:業務・データ・組織の棚卸
次に、現在の自社がどの程度AI-Readyな状態にあるかを可視化し、何が「AI-Ready化を阻害しているか」を明らかとする。業務フローを標準化し、AIにより再現できる領域を特定する一方で、人間が担うべき創造的な業務を切り分ける。
データに関しては品質を担保し、AIが学習・参照しやすい構造になっているかを確認する。組織面では、AI活用のルールを整備したうえで、部門を問わず高い温度で活用を推進できる体制を構築する。
STEP 3:AI-Readyデータ基盤の実装
棚卸しされた結果に基づき、最適なアーキテクチャを設計・実装する。ここでは以下の5つがポイントとなる。
・非構造化データ:
売上等の構造化データだけでなく、商談の音声ログやクレーム画像、動画など、形式を問わずあらゆる非構造化データを包括的に取り込む。
・データマネジメント:
多様な形式のデータを扱うことを前提として、それらを適切に管理・運用できる体制を整える。
・AI指向DB:
AIが情報をスムーズに読み取り、学習や解析に活用しやすいデータベースを構築する。
・ID統合:
顧客データを扱う場合、複数の接点から得られる情報を個人単位で正しく紐付けるID統合を行う。
・AI連携:
最終的にAIがデータを利用することを想定し、システム全体がAIと円滑に連携できる設計にする。
AI-Readyな状態を目指すためのロードマップ
AI-Ready化は一朝一夕には成し遂げられない。企業の成熟度に応じた段階的なロードマップを描く必要がある。

・AI-Ready 1.0(業務効率化)
報告書作成や議事録作成といった、社内の汎用業務にAIを導入する段階。この段階ではまだ競合他社との差別化は困難である。
・AI-Ready 2.0(業務変革)
非構造化データも活用し、企画、分析、制作といったコア業務の中心にAIを据える段階。AIを前提とした業務設計により、独自の競争優位性が生まれ始める。
・AI-Ready 3.0(価値変革)
顧客接点やサービス自体にAIが実装され、これまでにない体験価値を創出する段階。AIにより市場における地位が確立される。
AI活用をビジネスの成果につなげるためには、自社が今どのフェーズにあるのかを正確に見極め、段階的にAI-Readyへと移行することが重要である。そのためのプロセスは、大きく以下の3つのステップに集約される。
まずは、社内に点在するデータ、既存の組織体制、現在の業務フローを徹底的に棚卸しすることから始める。業務の属人化や部門間でのKPIの乖離など、AI導入の障壁となっている課題をテーブルに上げ、顕在化している問題だけでなく潜在的な課題も含めて整理し、現状を可視化する。
次に、自社のAI活用レベルがどの段階にあるのかを客観的に評価する。目指すべき理想の姿と現状を比較するギャップ分析を行い、AIを実業務や顧客接点に組み込むために「何が足りないのか」を明確にする。
最後に、分析結果に基づき、AI-Readyな状態へ至るための具体的なロードマップを策定する。IT部門との連携や、上層部への合意形成を含めた社内統制の整備など、技術面と組織面の両方からアプローチする。
加速するAGI時代の到来を見据え、企業が持続的な競争優位性を築くためには、業務プロセス・データ・組織の三位一体で「AI-Readyな状態」へと段階的に変革していくことが不可欠だ。AI-Ready化を通じて組織全体で成熟したAI活用の取り組みを進めていくことは、企業の提供価値を高め、激変する市場環境において競争力を維持するために避けては通れない必須の戦略といえるだろう。
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森 正弥博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、 Human-Centered AI Institute代表1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
東北大学 特任教授、内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会 顧問。
著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。 -
土井 京佑株式会社博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 データプラットフォーム推進部 部長ネットベンチャー、BPO支援企業を経て、2019年より現職。
生成AIの実装支援から新たなCX開発、事業戦略支援まで、データ・AI活用によるクライアント企業のグロース支援に従事。プロトタイピングによる高速検証、生成AIを活用した人材育成・業務効率化・データ活用・CX革新など、幅広いテーマに対応。データ・AI活用の「Can be(現実的に実現可能なこと)」を重視し、ビジネス成果に直結するデータ・AI利活用モデルの確立に取り組んでいる。