
2026年 CAIO年頭所感
皆様、あけましておめでとうございます。
2025年は、生成AIが「よく書き・よく描く」存在から、「考え・状況を読み・動く」存在へと大きく歩みを進めた一年でした。大規模言語モデルを基盤とする推論モデルと、テキスト・音声・画像・動画を統合的に扱うマルチモーダル技術が一段と進化しました。2025年には4月にOpenAI O3、6月にはGoogle Gemini 2.5 Pro、11月にはGemini3などのモデルが登場し、実務レベルでも扱いやすくなりました。同時に、DeepSeek R1、Llama 4、Mistral 3などのオープンソースの小型高性能モデルも次々と現れ、量子化や蒸留、Mixture-of-Experts といった技術も実用域に入りました。
マルチモーダルでは、プロンプトで画像のレイアウトや構図を細かく指定・修正できる NanoBananaや、Sora 2 やVeo 3 などの動画生成AIや、Suno 5 などの音楽生成AIも次々とリリースされ、品質と操作性が高まり、クリエイティブの領域にも新しい可能性をもたらした年だったと言えるでしょう。同時に、生成された画像・動画・音楽はSNSを通じて公開・共有され、著作権保護に関する課題も浮き彫りにしています。そして、推論とマルチモーダル技術の発展と統合を背景に自律的に判断・行動するAIエージェント、そして人間に近い外見や所作を備えたデジタルヒューマンの活用が本格的な検証段階にも入りました。
開発プロセスそのものも、AIによって変化しています。いわゆる Vibe Coding と呼ばれる、対話主導のAIを用いたプログラミングやシステム開発が広がりを見せました。開発者が自然言語で意図や制約条件を説明し、それに応じてAIが設計案を提案し、コードを生成し、テストケースやレビューまで含めて支援する取り組みが増えています。「AI駆動開発」の方向性が現実の選択肢として意識され始めました。
さらなる進化の方向性として、世界モデルやフィジカルAIといった次のフロンティアに向けた研究開発が加速しています。世界モデルは、AIが世界の構造や物理法則を学びシミュレーションする技術であり、材料開発や医療、宇宙、さらにはクリエイターの創作支援に至るまで、応用可能性の広い領域として期待されています。また、それをロボティクスと結びつけ現実空間で複雑かつ高度なタスクを柔軟にこなす「フィジカルAI」は産業に大きなインパクトをもたらす領域であり、注目を集めています。
2025年はAIエージェント元年と言われました。情報収集や調査に関するエージェントは、比較的リスクが低く、既存の枠組みの中でも導入しやすいこともあり、実務での活用も急速に進みました。企業における生成AI活用のプラクティスとしてRAG(Retrieval-Augmented Generation)が定着し、コンテキストエンジニアリングなどのアーキテクチャの議論が進み、Anthropic が提唱するModel Context Protocol(MCP)、Googleが提唱する Agent-to-Agent(A2A)など、エージェント間のコミュニケーションプロトコル標準化も始まりました。DifyやAgentSpaceなどの開発基盤も登場。一部の先進企業ではAIエージェントを多数開発し、実業務に近い形で検証を行うPoCが始まっています。エージェントを「大量生産」できるプラットフォームが生まれつつあり、今後の普及への期待が高まりつつある状況と言えます。
一方で、AIエージェントを社会の中にどう受け入れ、どこまで任せるのかという論点も顕在化しています。企業内での自動化・効率化の推進や、企業間の取引(B2B)での導入に関しては先進企業をリーダーとして着実に進んでいくと思われますが、特に生活者向けのサービス(B2C)では、多くのECサービスにおけるユーザー利用規約が人間以外の主体が購買することを想定していない等の課題も指摘され、またHCAIが実施した「AIと暮らす未来の生活調査2025」において、生活者がAIにまかせたくないタスクのNo.1は「日用品の買い物・買い回り」であるということも判明しました。法制度や利用規約の改定、責任分界のリデザイン、そして生活者の意識とのフィットが今後のB2C領域におけるAIエージェント普及のドライバーとなるでしょう。
また、AI導入が必ずしも組織パフォーマンスの向上につながらず、場合によっては個人の認知努力やチームの創造性を損なう可能性があることを示す研究も報告されています。激しい技術進化へのキャッチアップに明け暮れる一方で、AI技術による概ね正解とみられるアウトプットに過度に依存すると、発想や表現、さらには最終的なサービスやプロダクトが似通っていく「均質化」のリスクが高まることも指摘されています。こうした中で、AIを前提とした仕事の設計や、熟練者の暗黙知と若手のAIスキルをどう組み合わせるかといった、組織デザインそのものが問われる段階に入りつつあります。
こうした環境変化の中で、博報堂DYグループでは「人間中心のAI(Human-Centered AI)」のコンセプトのもと、AIの開発・活用・ガバナンスを一体として推進してまいりました。AIを単なる効率化の道具としてではなく、人間の創造性を高め、引き出すための基盤として位置づけることを重視しています。若手社員が経営層にAIの使い方を教えるAIメンタリング制度や、職種別のノウハウを組み込んだ生成AI研修は、延べ1万人近くの規模に広がりました。「AIを導入したら、人と人の距離が近くなった」という社員の感想もあり、人と人とが教え合う文化こそが、私たちのAI推進の最大の原動力になっていると実感しています。
2025年には、研究開発を担う「HCAI Institute」、全社横断の推進機能「HCAI Initiative」、そしてビジネスデリバリーを担う「HCAI Professionals」という三位一体の体制も整いました。先端研究、グループ横断の推進、個別案件のプロフェッショナルな価値提供を結びつけることで、「人間中心のAI」による社会価値の創出を加速していきたいと考えています。
さて、先月12月23日には、日本政府によって「人工知能基本計画」が閣議決定され、研究開発、インフラ、人材育成、産業競争力、倫理・法制度などについて、国家レベルの中長期方針が示されました。これにより、2026年は政府・産業・生活者それぞれのレベルでAI活用が一段と後押しされるでしょう。その流れの中でこそ、私たちは「効率のためのAI」だけでなく、「人間の創造性と多様性を尊重し、広げていくためのAI」のあり方を提示していく必要があります。
AIエージェントやデジタルヒューマン、世界モデルやフィジカルAIが進展するからこそ、人間ならではの創造力、現場で培われた暗黙知、対話を通じて育まれる関係資本の価値は一層高まります。AIと人間が互いの強みを活かし合い、新しい創造プロセスと市場のかたちを生み出していく一年を、皆様とともにつくっていければと願っております。
本年も、「人間中心のAI(Human-Centered AI)」のコンセプトのもと、生活者と社会に資するAIの開発・活用・管理のあり方を追求、グループ一体となって取り組んでまいります。引き続き、皆様のご支援とご指導を賜れますよう、心よりお願い申し上げます。
最後に、2026年が皆様お一人おひとりにとって、そして皆様の組織にとって、AIとともに新たな飛躍を遂げる年となりますことを祈念し、新年のご挨拶とさせていただきます。
森正弥