AI浅慮の時代における「考える」と「視点」、そして「創
造性」

本記事では、博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、Human-Centered AI Institute代表の森 正弥が、AIを使うことで人間の認知努力が下がる、いわゆる「AI浅慮」に対して対応するための「考える」対策から、人が持つべき「視点」、そして高めていくべき「創造性」について解説する。 

忍び寄る「AI浅慮」という病 

AIを使うことで、人間側の認知的努力が低下するというマイクロソフトとガートナーの共同研究論文が話題となっている(論文)。AIが出してくれた網羅的でおおむね正しい回答を目にすると十分に分析をしたような気持ちになってしまい、そのままアウトプットとして使ってしまうという現象を指摘したものだ。 

MIT Media Labからも脳波を解析した研究で、「AIに依存すると脳活動が停滞し、集中力や意欲の低下を招く」と同様の報告がなされている(論文)。Anthropic社も150万のAIとユーザーの対話データの分析から、AIを使うことによる人の無気力化の実情を報告している(レポート)。 

これらは、AIを使うことで人が特にそれ以上の努力をする必要性を感じずに、あるいはできずに考えることをやめてしまう、いわば「AI浅慮 ( = AI Shallow Thinking)」とでも呼べるような現象といえるだろう。 

AI浅慮はかつて社会心理学者のアーヴィング・ジャニスが提唱した「集団的浅慮(Groupthink)」に似ているが、より根深い。今後個人が一人で考えるときにもAIを使うことが当たり前になることから、集団的浅慮とは異なり常態的に発生する可能性が高いためだ。 

「考える」ための4つの対策 

私たちがこの思考停止状態から脱却するためには、まず「考える」必要がある。具体的な考え方は以下の4つにまとめることができる。 

第一に、「AIに複数案を出してもらい、人間が選ぶ構造にする」ことだ。AIに一つの解を求め、それを鵜呑みにするのではなく、「他の案も出してください」「もっと別案を出してください」と追加で促し、比較可能な状態を作る。判断の主導権をAIに譲らず、あくまで人間が「選ぶ主体」であることを自覚的に維持する仕組みである。 

第二に、「アウトプットに付加価値をつけるための作業を、意識して自分側で引き受ける」ことだ。一次資料やデータを確認し、必要であれば数値や引用の根拠を取り直す。そのうえで、自分の体験に基づく視点や企業の独自データ、追加の個別調査などを加えて、もう一段深い分析や検証を行う。 

第三に、「逆にAIに負荷をかけることで、自分の認知的刺激を引き出す」ことだ。AIに投げかける問いの水準を上げて設定し直し、より難しい問いとしてAIにもっと考えさせて回答を引き出し、その差分を見る。こうしたある種批判的な応酬は、AIの回答をただ受け取るだけの状態から、自分の思考をより動かす状態へ戻す助けになる。 

第四に、「複数のAIを組み合わせ、多角的に検証する」ことだ。あるAIのアウトプットを、別の観点を持つAIで分析や検証にかけるようにする。人間は審判として論点の妥当性や前提の置き方を判定する。 

AI浅慮になる前の打ち手としての「視点の構築」 

「考える」対策だけでなく、AI浅慮になる以前の打ち手として「視点」を構築していくことも重要だ。 

人間の認知能力には限界がある。私たちは、自らの経験やバイアスというフィルターを通してしか世界を見ることができない。いわば「見えているものしか見えていない」箱の中に閉じ込められている。しかし世界は、本当はもっと広く、もっと多様な形で、数えきれないポテンシャルをもって存在している。 

AIは学習した膨大なデータによって、私たちが到底持ち得ない多様な視点、すなわち「箱の外側」を提示する力を持っている。視点の持ち方を変えることで突破口が見つかることはよくある。例えば数学の問題も、突き詰めれば「視点」の問題であることが少なくない。ビジネスでも、提供者の論理だけで設計したサービスではなく、顧客の困りごとや課題の解決につながっているか、顧客の現実の行動や意思決定の文脈に合っている視点を持っているかが成功のためには重要だ。 

AIと視点の関係で言うと、AIは特定の視点を自ら持つことは難しいといえる。AIはあらゆる問いに対して答えることを期待されている存在であり、その性質ゆえに視点のないポジションに立っているためだ。逆に言えば、AIに明確な視点を与えると、出力の精度や具体性が上がるという結果につながる。 

例えば「あなたはプロのマーケターです」といった役割や立場を最初に指定する技法は、プロンプトエンジニアリングの初期から広く使われてきたテクニックの一つだ。人間がAIをディレクションするためには、このように視点を与えることが肝要だ。どの視点を選び、どの順番で切り替え、どこまで深められるかは、自分自身の経験と知見、そして世界観に依存する。つまり、AIを使いこなす力は、自分がどの視点を持ち得るのかを増やし続けることによって磨かれていくのだ。 

博報堂が提唱する「生活者発想」は、人を単に消費者として捉えるのではなく、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活者」として捉える視点である。あるいは「デザイン思考」は、ユーザーの潜在的な不満から課題を再定義する視点だ。コンサルティングファームで用いられる「Zoom-out/in」という戦略思考のフレームワークも、視点の訓練として有効である。 

AI浅慮に陥らないための要諦は「創造性」を身につけること 

AI浅慮に陥らないための「考える対策」と、そもそもの「視点の構築」を実施した上で、何が我々にとって要諦になるか。それは「創造性」があるかどうかということだ。 

誰もが何をする際にもAIに当たり前に相談する時代において、「AIが最初に出した回答」は、「最初に思いついたこと」と同等である。そのままその回答を使うことに創造性はない。そこから何を足し、何を引き、何を変えるのか。別の角度から問い直し、価値の焦点をずらし、様々な視点ももって状況を突破する切り口を見出し、実行まで持っていけるか。問われるのはこの力だ。 

創造性を深める上で大切になるのが「意味」を見つけることである。何もかも簡単に過剰に手に入る現代で必要となるのは、今までにない「新しい意味」だ。 

何を大切にし、どこに向かい、何を実現したいのかという主体性を取り戻すことで、どのような新しい意味が生まれるのかを自らに問うことが重要だ。自分自身の内側を見つめ、そこから意思を発していく、インサイドアウトのあり方が求められる。周りからの情報やAIからの回答をそのまま使うのではなく、「自分たちだからこその価値」を生むためにどうすべきかという想いから「新しい意味」を見出すプロセスこそが創造の核になる。 

意味は今この瞬間だけに閉じたものでもなく、過去の経緯や積み重ねと、これから起こり得る未来の可能性を結び、時間の流れの中で立ち上がってくるものだ。どれだけの意味を掴めるか、込められるかが、思考と創造性、ひいては生きていくことの質を分けることになるだろう。 

終わりに 

本記事では、「AI浅慮」という課題を起点に、「考える」対策を整理し、その手前にある「視点の構築」、そして中心にあるべき「創造性」へと話を進めてきた。「AI浅慮」という現象は、AIが便利すぎるから起きるのではない。便利さという誘惑に負け、私たち自身の「思考している実体」が、知らぬ間に外側へ滑り落ちてしまうことで起きるのだ。 

だからこそ私たちが講じるべき対策は、AIを遠ざけることではなく、自分を取り戻す、あるいは自分を見失わないための意思を確認することから始まる。 

私たちが何かを考える、生み出す、判断するときにおいて、視点を持ち、意味を見いだして実現させようとする営みの中にこそ、創造性が生まれてくる。最終的に問われるのは、正しさ以上に、問題に向き合い、前に進むための主体性の所在であり、意味の起源なのだろう。 

建築家のアントニ・ガウディは「独創性 ( originality ) とは起源( origin )に還ることを含む」と述べた。AIの影響力が大きくなればなるほど、広がれば広がるほど、私たちは自らの原点に戻り、自らの足で立ち、進んでいくべきなのかもしれない。 

  • 森 正弥
    博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、 Human-Centered AI Institute代表

    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
    東北大学 特任教授、内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会 顧問。
    著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。