
博報堂DYグループの「AI逆メンタリング」制度が明らか
「ベテラン層にAIを使ってもらいたいが、心理的な壁がある」「技術研修だけでは、AIへの抵抗感は解消されない」
生成AIの活用が企業の競争力を左右する時代において、AI活用の浸透度には世代間で大きな差が生まれている。業務知識と経験を豊富に持つベテラン層がAIを使いこなせれば、若手以上のインパクトを生み出せるにもかかわらず、多くの企業ではベテラン層のAI活用率が低いままだ。その背景には、技術習熟の問題だけではない「心理的な壁」が存在する。
こうした課題に対し、博報堂DYグループでは経営層を対象とした「AI逆メンタリング」制度を導入し、世代間のAI活用ギャップの解消に取り組んでいる。今回は、この制度を推進する博報堂DYホールディングスの荻野に聞いた。
AI活用における世代間ギャップと「心理的な壁」
企業におけるAI活用は急速に進展しているが、その浸透度には世代間で差がみられる。比較的新しい技術を抵抗なく利用する若手層と、豊富な経験と知見を活かして業務を遂行するベテラン層では、AIの取り入れ方にも違いがある。AIを活用して高い成果を上げるためには業務知識や経験が不可欠であり、50代以上のベテラン層がAIを使いこなせれば、若手以上のインパクトを生み出せるポテンシャルがある。しかし現状では、ベテラン層のAI活用率は低く、多くの企業が共通の課題として抱えている。
荻野によれば、ベテラン層のAI活用率が低い理由は、技術習熟の問題だけではない。AIに対する不安や抵抗感といった「心理的な壁」が、経験豊富な人材のAI活用を阻害しており、組織の生産性向上における機会損失となっているという。このような心理的な壁に対しては、技術研修やツールの導入だけでは解決が難しい。壁を打ち壊すために始めたのが「AIメンタリング」制度だ。

図1:AIの活用率は世代により大きく異なる(出典:Human-Centered AI Institute)
心理的な壁を打ち破るための「AI逆メンタリング」制度
単にベテラン層のAI活用力を高めるのであれば、外部研修やデジタルネイティブ世代の若手による研修プログラムも選択肢となる。しかし、それだけでは心理的な壁を壊すことはできない。博報堂DYグループの「生活者発想」、すわなち「人間中心」の哲学に立ち返ると、心理的な壁を壊すためには「人の心を動かす」ことが重要だ。AIに精通した若手と業務に精通したベテランの間で信頼関係を構築し、そのうえでAIナレッジを伝えることで、不安や抵抗感を解消していくことを目指した。
こうした考えのもと、博報堂DYグループではまず経営層を対象に、従来の上意下達を逆転させ、若手がAIナレッジを経営層に直接伝達する「AI逆メンタリング」制度を導入した。全10週のプログラムで、若手が経営層へ1対1で逆メンタリングを行い、双方の関係性を深めながらAIナレッジを共有していく仕組みだ。
ある役員に対する逆メンタリングでは、まず役員の会食情報を整理するところからAI活用が始まった。その後、企画書や議事録の自動生成といった実務的な作業にも広がり、当初は半信半疑だったAIへの印象が変化していった。AIの実力を理解するにつれ議論も深まり、「AIがあらゆる作業を実現できるようになった際に人間の価値とは何か」「創造性の源泉とは」「得意先にどのように価値提供を行えるのか」といった経営レベルのテーマにまで議論は昇華していったという。
制度の運用にあたっては、メンターとなる若手へのサポートも手厚く行った。1対1でメンタリングを行うため、メンターが孤立しないよう、メンター向けガイドの作成やメンターコミュニティの運営による情報交換の場を整備した。さらに、メンタリングの進捗をすごろく形式で可視化し、役員同士で競ってもらうようなゲーミフィケーション要素も盛り込んでいる。

図2:AI逆メンタリング制度において実施したメンター向けサポート(出典:Human-Centered AI Institute)
AIが深めた人間同士の関係性
AI逆メンタリング制度を通して、経営層の意識やメンターとの関係性に変化が生まれた。AIやPCに対する抵抗感を持っていたある役員は、「AIについてはまずメンターに相談してみよう」という意識を持つようになった。別の役員は、海外コンテンツに精通したメンターとの対話を通じ、海外のAI生成アニメーションに関する議論からM&Aの対象として検討すべきかといった経営レベルの議論にまで発展した。
最終的には、それぞれのメンターと役員は「AIを教える若手」と「AIを教わる役員」という関係性を超え、ともにAIの可能性を探求していく仲間となっていった。役員が持つ暗黙知がAIによって形式知化されたことで、若手への知の伝承が進み、AIと人間の知を組み合わせた融合と増幅が実現したのだ。
AIは人と人の距離を縮める存在へ
AI逆メンタリング制度の取り組みを通じて見えてきたのは、AIが人の仕事を奪う存在ではなく、むしろ人と人との距離を大きく縮める役割を果たしているという点だ。AIというトピックを通じて、これまで接点が少なかったメンターと役員が10週間にわたって対話を重ねることで、プライベートで飲みに行くほどの関係性に発展した例もあるという。
急速に進化するAI技術に対し、人間はどのように向き合っていくべきか。その答えは一つではないが、「人間同士の関係性を高めるためのAI」というAI逆メンタリング制度が示した知見は、AIを組織に定着させていくうえでの重要な視座となるだろう。AIの組織定着を目指す企業にとって、技術導入だけではない「人の心を動かす」アプローチは、有効な選択肢の一つとなるはずだ。
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荻野 綱重株式会社博報堂DYホールディングス/テクノロジーR&D戦略室・BPR推進グループ GM2003年博報堂入社。営業領域を経験後、2012年より人事領域へ移り、新人事制度の設計やタレントマネジメントシステムの導入を推進。2022年よりテクノロジー領域へ転身し、BPRやAI/DX推進を担当する。現在は人事室、DX推進室、テクノロジーR&D戦略室などを兼務し、データドリブン人事やAI活用によるDX推進、博報堂DYグループのBPR推進をリードしている。GenAI HR Awards 2025準グランプリ、CIO 30 Awards Japan 2025 AI賞、第43回IT優秀賞(経営・業務改革)、People innovation awards 2026 グランプリを受賞。