博報堂テクノロジーズが実証する「AI駆動開発」の可能性

「AIがコードを書く時代に、エンジニアの価値はどこにあるのか」「AI駆動開発を導入したいが、組織への浸透が課題」――生成AI技術の急速な進化により、ソフトウェア開発の現場では大きな変革が起きている。従来の「アシスタント」としての活用から、自律的にアプリケーションを構築する「エージェンティックコーディング」への移行が進み、開発スタイルは根本から変わりつつある。しかし、多くの企業では部分的な活用にとどまり、組織全体での効果的なAI活用には至っていない。

こうした課題に対し、博報堂テクノロジーズでは試験導入を経て、2025年9月からAIエージェントツール「Claude Code」の活用をエンジニアの間で段階的に広げてきた。その結果、新規プロジェクトでは全コードの80%から90%をAIが生成するまでになっている。同社でAI駆動開発を推進する並河祐貴に、取り組みの背景と現場の変化を聞いた。

「アシスタント」から「自律」へ―AI駆動開発の進化

2023年から2024年にかけてのAI駆動開発は、GitHub Copilotに代表されるような、エンジニアが記述したコメント等から部分的にコードを生成する「アシスタント」としての活用が中心であった。しかし、2025年春頃に流行の兆しを見せ始めたClaude CodeやDevinといった、より自律的なコーディングエージェントの登場を境に、その様相は大きく変化している。

現在注目を集めているのは、抽象的な指示からAIエージェントが自律的にアプリケーションを構築していく「エージェンティックコーディング(Agentic Coding)」の流れである。また、アウトプットイメージが明確ではないものに対し、AIとの対話を重ねながら雰囲気で試作する手法を、「バイブコーディング(Vibe Coding)」とも呼ぶ。

2026年現在では、AIの賢さは著しく向上した。1年前には「手の速い1〜2年目のジュニア層」という印象であったAIは、今や「2〜4年目の中堅手前のエンジニア」に匹敵する能力を備えている。特徴的なのは「スピードが速い」ことだ。例えば、開発過程で発生したエラーの修正スピードは人間を凌駕しており、人間が数十分かけて調査する内容を、AIはわずか10〜15秒で解決案を提示するレベルに達している。これにより、開発スタイルは「自ら書く」ことから「AIと壁打ちをしながら形にする」ことへとシフトした。

以前は意図が伝わらず、見当違いな結果が出ることもあったが、現在はAIが人間の指示や明示されているコンテキストを汲み取る精度も上がっている。結果としてプログラミングの知識がない、非エンジニアの方が利用しやすくなった点も大きな変化だ。思い通りの形が提示されるまでの時間が短縮され、正しく動作する確度も高まった。

株式会社博報堂テクノロジーズにおける実践事例

博報堂テクノロジーズは、博報堂DYグループ全体の技術機能を集約する組織であり、広告運用効率化などのシステム開発を通じてグループ各社向けにソリューションを提供している。博報堂テクノロジーズの開発第三センターでは、数十名のエンジニアが複数のチームに分かれ、広告運用領域の効率化を実現するプロダクトの開発に従事している。

このエンジニア全員がAI駆動開発を実践できるように、試験導入を経て2025年9月からAIエージェントツール「Claude Code」の利用環境を提供した。Claude Codeは、大規模言語モデルである「Claude(クロード)」をベースとした、コード生成やプログラミング関連のスキルに特化したコーディングエージェントである。

Claude Codeを導入した効果は非常に大きく、新規プロジェクトを中心に全コードの80%から90%をAIが生成する状況が生まれている。AI導入後の開発プロセスは、人間が直接実装とテストを担う従来の手法から、人間が「指示・レビュー・再指示」を繰り返すスタイルへと変化した。こうした運用は導入後2、3ヶ月で確立され、組織全体のスループットは140〜150%と高まった。

ただし、AIを導入してすぐに成果が出たわけではなかった。AIに開発方針やコーディング規約などのルールといったコンテキストを正確に伝えるための設定ファイルの整備が必要であったり、開発AIエージェントの利用そのものを既存開発プロセスに組み込むため、チームメンバー全員に浸透させるためのコミュニケーションやメンバー個別の習熟の問題、また、指示の出し方にも工夫が必要であり、慣れるまでには一定の時間を要した。

AI駆動開発は決して万能ではなく、その成果はコンテキストの伝達精度や既存コードの品質にも左右される。導入すれば即座に成果が出るわけではなく、人間とAIがともに働きやすい環境を整える「環境整備」や、AIをチームに馴染ませる「オンボーディング」が不可欠である。

エンジニアに求められるスキルは「不変」か

AIがコードの大部分を書く時代において、エンジニアの価値が問われているが、実際にAI駆動開発に取り組む中で感じているのは「本質的なスキルは実はそれほど変わらない」という点だ。開発プロセスにおいて、AIは実装のスピードを高めてくれるものの、プロセスの両端である入り口と出口は依然として人間が担う必要がある。何を作りたいのかという意思や熱量を持ち、抽象的な要求を整理し、コードをレビューし、最終的な品質と責任を担保する流れは、従来の開発プロセスでもAI駆動開発でも同様だ。

結局のところ、AIは開発をすべて代替する存在というよりも、開発効率とスピードを高める強力なパートナーである。少なくとも今後数年は人とAIが共創し、また共存する時代が続くと想定され、人とAIの共存を前提とした組織設計や人材育成が不可欠だ。

組織的な活用推進と「開発の民主化」

Claude Codeの導入で見えてきたのが、エンジニア組織におけるAI活用にも個人の好奇心に応じて差が生まれるということだ。Claude Codeの利用状況は、「よく使う人」「あまり使わない人」で最大100倍近い開きが生じている。コーディングエージェントやAIモデルが今後さらに進化していき、AI駆動開発により改善されるスループットが従来の150%から200%、300%と高まっていくことを想定すると、組織的に開発AIエージェントの習熟度を高めることは必須だ。よって当社では、AI活用を任意の活動に留めず、組織として「装備」していく取り組みを進めている。

一つは評価体系への取り込みだ。私の管掌している組織では、AIの活用の度合いや貢献度を管理職や現場リーダーの評価指標に組み込むことで、組織の中でAIを積極的に使うようにメッセージを発信している。また、全社で組織的にAI駆動開発を推進するための取り組みも進めている。これまでは有志が草の根で勉強会やノウハウの共有などを行ってきたが、2025年度下期から「AI駆動開発推進プロジェクト」として全社公式の施策へ格上げした。十分な予算を確保し、オンボーディング体制を整備することで、全エンジニアがAIエージェントを当たり前に使いこなす状態を構築していく。

AI駆動開発がもたらすのは「仕組みの民主化」だ。従来の開発はプロダクトマネージャーの企画をエンジニアが形にする流れが一般的だったが、開発AIエージェントの台頭により非エンジニアも自ら実装できるようになる。プロダクトマネージャーやカスタマーサポート、カスタマーサクセスなどがニーズに合わせて各々が小さなプロトタイプを作り、試行錯誤回数の母数を増やしていける。その中で本当に価値のあるアイデアを対象に、エンジニアがセキュリティなどの非機能面の担保や開発継続性などの観点も考慮されたプロダクトを実装する体制への移行が可能だ。

AI活用の本質は、単なる作業速度の向上ではなく、多種多様な試みの中から価値を見出し、世に出すまでのリードタイムを短縮することにある。バッターボックスに立つ回数を増やし、質の高い成果を最速で届ける仕組みこそが、今後の組織における開発競争力を最大化させるのである。

  • 並河祐貴
    株式会社博報堂テクノロジーズ 執行役員兼統合マーケティング・メディアユニット 開発第3センター長

    大手SIerのR&D、ベンチャー企業を経て、メガベンチャーにて、エンジニアとして大規模アバターサービスやスマートフォンプラットフォームのインフラ統括、メディア・ゲーム事業のインフラ組織責任者としてマネジメントに従事。その後、スタートアップ企業2社にて、複数の自社サービスの開発および運用、執行役員や取締役CTOとして経営への参画、開発部門の組織運営、プロダクトおよびデータ基盤の計画立案と開発推進を行う。2021年4月より SO Technologies (ソウルドアウトのソフトウェアカンパニー) 執行役員CTO、2025年4月より博報堂テクノロジーズ執行役員を兼務。