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AI時代、若手の育成はどうすればいいのか(前編)──
本記事では、博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、Human-Centered AI Institute代表の森 正弥が、業界を問わず尋ねられることの多い「AI時代における若手・ジュニア層の育成」について、前後編にわたって解説する。
前編では、若手が学びの機会を失いつつある「エントリーレベル業務の蒸発」という課題の構造を掘り下げ、これからの育成を設計し直すための3つの視点を整理する。
はじめに
AI時代の若手育成は今後どうあるべきなのか。若手・新人・ジュニア層の育成は、暗黙知の活用と並んで、企業の経営者や管理職層との議論でよく話題にのぼるテーマだ。これまでエントリーレベルの人材が担ってきた業務の多くをAIがこなせるようになったことで生じている課題である。
しかしこの話題は、ここ最近に始まった話ではない。生成AIの登場から普及に至る数年間、同じ問いを様々な方から何度もいただいてきた。裏を返せば、社会全体として、まだ十分な解決策が見いだされていない問題だということでもある。
企業として、ジュニア層にどのような育成プログラムを提供すべきなのか。AIによって業務やシステムが変わりつつある今、どのような打ち手を持つべきなのか。本記事では、そのための視点を整理し、あり得る打ち手について記していきたい。
企業内で起こっている「エントリーレベル業務」の蒸発とは
ハーバード大学の研究者であるセイド・M・ホセイニ氏とガイ・リヒティンガー氏が2025年11月に発表した実証研究「Generative AI as Seniority-biased Technological Change」は、米国ホワイトカラー層28万5,000社、6,200万人分の雇用データを分析し、注目すべき事実を明らかにしている。
同研究によれば、ChatGPTの登場を境に、AIを導入した企業におけるジュニア層の雇用は、非導入企業と比較して、導入後6四半期で約9〜10%減少していた。事務補助や法律・財務の基礎業務など、AIによる代替可能性が高い職種で若手の入社口が徐々に狭まりつつある一方、シニア層、すなわち熟練層の雇用は安定的に推移している。AI導入が「若手に不利な技術変化(Seniority-biased Technological Change)」であることが、統計的にも示されたのである。

かつての新卒社員や若手社員の育成は、業界動向調査、レポート作成、議事録作成、会議の調整、資料のとりまとめといった業務を通じたOJTが中心だった。けれども現代では、こうした業務はAIが迅速かつ正確に行えるタスクとなり、新人・若手にあえて担わせる合理的な理由が立たなくなった。
若手がビジネスの基礎を学ぶ場となっていた定型的な業務や下準備の多くが、AIによって効率化され、あるいは代替されつつある。これは、いわば「エントリーレベル業務の蒸発」と呼べる現象だ。その結果、若手が業務の全体像や基礎的な判断力を養う機会が少なくなり、これまで当たり前とされてきた育成プロセスが、そのままでは成立しにくくなってきている。
エントリーレベル業務の蒸発によって失われる、若手の学びの機会
新人・若手は、失敗する経験や小さなタスクの積み重ねから業界の仕事の知識を得ていく機会そのものを、静かに失いつつある。例えば「文脈知」の獲得機会である。かつての議事録作成では、若手は会議の録音を聞き直し、発言を整理し、議事録として再構成する過程で、発言内容だけでなく、社内の優先事項や力学、意思決定のプロセス、業界特有の商習慣や専門用語のニュアンスを学んでいた。
AIによる自動化は、この文脈を読み解く苦労を取り除いてくれるが、同時に、その苦労を通じて得られていた学びの機会も薄めてしまう。若手は決定事項という表面的な情報にはアクセスできても、その背景にある判断の筋道や組織内の文脈をつかみにくくなる。基礎的な実務、下積みを通じて得られていた業界特有の知識や勘所が欠けていくことは、職業倫理や品質に対する目利きを育む経験の喪失、いわば「経験の空洞化」にもつながっていく。
また、資料のとりまとめや会議の調整といったタスクは、先輩社員や他部署の担当者との細やかな交渉ややり取りを必要とするものだった。依頼の仕方、相手の事情の汲み取り方、社内の暗黙の優先順位、関係者との距離感を、実務の中で少しずつ学ぶ機会でもあった。つまりエントリーレベル業務の蒸発は、仕事を通じた人間関係の構築や、社会関係資本を蓄積する機会の喪失にもつながっている。

このまま実務を通じたフィードバックの機会がなくなれば、若手社員は「自分が何のプロフェッショナルなのか」というアイデンティティやプロ意識を確立できないまま、高度な判断だけを求められる事態に陥りかねない。To-Doのみがあって、To-Beが育まれない状態である。これは単なるスキル不足ではなく、AI時代だからこそ重要になる職業倫理や品質に対するプロとしての規律が育たないという、より深層的な問題を内包している。
これからの新卒、若手、ジュニア層の育成
では、AI時代において、若手の人材育成はどのように考えていくべきなのだろうか。まず押さえておくべきなのは、若手にどのように業界知識を身につけてもらい、プロとしてのスキルと規律を形成してもらい、社内外の人脈形成を促していくかという点だ。
あわせて、リスクの低い小さな失敗をどう経験してもらうか、失敗できる場をどう意図的につくるかという論点も重要になる。従来のOJTが半ば自動的に提供していたこれらの機会を、AI時代にはあらためて設計し直す必要があるのだ。
育成を考えるための3つの視点
具体的な打ち手を考えていくにあたり、前提として踏まえておきたい視点が3つある。
一つ目は、若手にはAIを積極的に活用してもらいながらも、人間が介在することでしか生まれない価値の方向にもスキル育成を特化させていくという視点だ。AIがこなせる業務は割り切って任せつつ、同時に、人にしか担えない領域も担ってもらう。いわば「二正面作戦」である。
二つ目は、若手をゼロベースで業務を再設計できる存在、言い換えれば「未来の設計者」として捉える視点だ。既存の業務を引き継ぐ人材としてだけでなく、組織の暗黙知や現場に散在するエッジケースを収集し、それらをもとにAIを前提とした新しい業務や組織のあり方を設計していく担い手として位置づける。やや踏み込んだ発想ではあるが、若手自身にAI時代の組織づくりを担ってもらうという道も、検討する余地があるように思う。
三つ目は、AI時代には、育成における時間感覚そのものが変わらざるを得ないという点だ。これまでの育成は、「石の上にも三年」という言葉に象徴されるように、数年単位の下積みや潜伏期間を前提としてきた。しかし今の若手は、自分の成長スピードが時代の変化から取り残されているのではないかという焦燥感、いわゆるFOMO(Fear Of Missing Out)を抱きやすくなっている。
したがって育成設計においては、「時間をかけて徐々に身につけるべき能力」を提示するだけでは十分ではない。「今、自分はこの時代に求められる挑戦に関わっている」「自分の仕事は、未来の仕事のあり方につながっている」という実感を、早い段階で得られる仕組みを用意することが求められる。

まとめ:後編に向けて
前編では、AI導入によってジュニア層の雇用と学習機会が実際に失われつつあることをデータとともに確認し、「エントリーレベル業務の蒸発」がもたらす文脈知・経験・社会関係資本の空洞化という課題の構造を整理した。そのうえで、これからの育成を設計し直すための3つの視点を提示した。
後編では、これらの視点を踏まえた具体的な打ち手を紹介する。AIを徹底活用する「攻め」のOJT、人間が介在することでしか生まれない価値領域への注力、暗黙知の形式知化や「第二部署」の設計といった未来の設計者へのミッション、失敗できる場の再構築、そして新たな育成のロードマップまでを整理する。
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森 正弥博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、 Human-Centered AI Institute代表1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
東北大学 特任教授、内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会 顧問。
著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。