AI時代、若手の育成はどうすればいいのか(後編)──若
手を「未来の設計者」に育てる具体策

本記事では、博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、Human-Centered AI Institute代表の森 正弥が、AI時代における若手・ジュニア層の育成について、前後編にわたって解説する。

前編では、AIの導入によって若手が学びの機会を失いつつある「エントリーレベル業務の蒸発」という課題の構造と、育成を設計し直すための3つの視点を整理した。後編では、それらを踏まえた3つの方向性での具体的な打ち手と、新たな育成のロードマップを紹介する。

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方向性① AIを徹底活用する「攻めのOJT」を採用する

AI時代における人材育成の一つ目の方向性は、AIを徹底的に活用する「攻めのOJT」である。これからの育成では、AIに仕事を奪われることを嘆くのではなく、AIを前提に人にしか発揮できない価値をどう引き出すかという発想への転換が求められる。

重要なのは、若手をAIのアウトプットをそのまま受け入れる「AIに思考を依存する人材」にするのではなく、AIを使って考えを広げ、複数の視点を比較し、自分なりの判断を組み立てる「AIで思考を拡張する人材」へと導くことである。

AI活用力の向上

「攻めのOJT」の具体策として挙げられるのが「AI活用力の向上」だ。若手にはどんどんAIに相談し、使い込んでもらう。指導役は利用状況やプロンプトを見ながら、効果的な使い方を助言する。その上で、特に重要となるのが「問いを立てる力」だ。

漠然とした指示しか出せなければAIの凡庸な回答に甘んじることになるが、鋭い問いを立てられる若手は、AIを思考のパートナーとしながら段階的に思考を深めていける。あわせて、次々と登場する新しいAIツールの検証を任せることも、若手の引き出しを増やし、組織全体のAI活用水準を底上げしていく。

AIアウトプット編集力の向上

次に「AIアウトプット編集力の向上」も重要だ。AIのアウトプットは一定の網羅性を備える一方、無味乾燥で表層的になりがちである。特にAIによる要約は、便利である反面、「脱文脈化」としての面があり、その人ならではの事情やこだわり、議論の温度感を削ぎ落としてしまう。だからこそ、AIが提示した議事録やレポートに対し、あえて若手に「どの視点が欠けているか」「要約から漏れている説明やニュアンスは何か」を指摘させ、改善させるプロセスをOJTに組み込む。

アウトプットに魂を吹き込み、意思決定や品質の作り込みにつながる価値へと昇華させることは、人間にしかできないタスクであり、プロフェッショナルとしての責任も求められる。

「別解」のトレーニング

アウトプット編集力に関連して「別解」のトレーニングも挙げたい。AIによって「80点の正解」が実質無料で手に入る今、正解を出すこと自体の価値は相対的に下がっている。AIの答えを一つの有力な選択肢として受け止めたうえで、「ほかにどのような見立てがあり得るか」「あえてこの答えにNoというとしたらどのような代替案があり得るか」「別の前提に立つと提案はどう変わるか」「人間の経験や現場感覚を加えると、何が変わるのか」を考える訓練である。この訓練は、AI時代における判断力や創造性の基礎になるはずだ。

AIを用いたメタ分析のOJT

さらに、AIを活用し「メタ分析」を促すのも一つだろう。部署内の会議ログや資料をAIに集約させ、そこからAIを用いて多角的に分析し、組織の改善点、新たなビジネスチャンス、変革の可能性を抽出して報告してもらう。そうすれば、若手は目の前の作業だけでなく、自分が関わる業務全体を俯瞰的に捉える視座を得やすくなるだろう。

方向性② 人間の介在で生まれる価値領域に集中する

二つ目の方向性は、人間が介在することでしか生まれない価値領域への注力である。AIに任せられる領域を切り分けたうえで、若手には人間こそが担える価値創造領域に集中してもらう。

業界・顧客理解

例えば「業界・顧客理解」である。AIはデータの解析を得意とするが、データになっていない現場の微妙な違和感や、顧客自身がまだ言葉にできていないニーズを感じ取ることはできない。顧客の店舗や現場に足を運んで観察するエスノグラフィー的なアプローチを通じ、AIで立てた仮説と現場の実態との差分を発見していくプロセスは、質の高い学習体験であると同時に、ビジネスへの実質的な貢献にもなる。

顧客とのコネクション形成

AI時代だからこそ、信頼関係に基づく人間同士のつながりはますます貴重な資産になる。若手のうちから、定期的なコミュニケーションや現場訪問、勉強会の企画運営を通じて、個人としての信頼を少しずつ蓄積してもらう。AIでは拾いきれない相手の関心、迷い、温度感を受け取る経験は、若手の判断力や提案力を育てるうえでも意味を持つ。

方向性③ 暗黙知の継承者をこえて、「未来の設計者」へ育成する

三つ目の方向性は、若手を、暗黙知の継承者をこえた「未来の設計者」として位置づけることである。AI時代のジュニア層は、既存のスキルを継承する対象としてだけでなく、組織そのものをAIネイティブにアップデートしていく「変革の主体」として捉えるべきだ。

先輩・熟練社員へのディープインタビューと暗黙知の形式知化

熟練社員の暗黙知を聞き取り、「この判断の勘所を、AIのプロンプトやAIエージェントのループ設計に落とし込むにはどうすればよいか」といった観点から、その知見のAI時代における活用方法を若手自身に設計してもらう。仕事を分解して再統合する第一思考原理(First Principle Thinking)が養われると同時に、熟練者の仕事への姿勢や品質へのこだわりに触れることは、若手のプロ意識を育てる助けにもなる。

博報堂DYグループでも、若手がAI活用のメンタリングを行い、熟練社員が業界・顧客・業務の暗黙知を共有する「逆メンタリング」の場を構築した事例がある。

※関連記事:博報堂DYグループの「AI逆メンタリング」制度が明らかにした、AIと人間の新たな関係性とは?

社内の失敗事例やエッジケースの収集

AIは一般的な知識には強い一方、特定の組織で起きた泥臭い失敗や例外事例のデータは不足している。若手が熟練社員から過去の失敗やトラブルの記録を聞き出し、組織独自のナレッジベースを作成するミッションを担うことで、形式知化されていない組織の急所を実例から学ぶことができる。失敗のログが組織の資産としてAIに組み込まれていく経験は、自分の仕事が組織の学習に貢献しているという実感にもつながる。

AIによる第二部署の設計プロジェクト

「もし自分の部署の業務をAIにできる限り担当させてみたら、どのような組織になるのか」という思考実験に基づき、部署の再設計とプロトタイプ開発を若手主体で推進してもらう。既存の業務プロセスを破壊的創造の視点から再定義する試みであり、若手自身を「未来の組織設計者」へと変貌させる機会になる。

失敗できる場をいかに作るか

ここまで3つの方向性から、AI時代における人材育成の方法を考えてきたが、同時に筆者は「失敗できる場」の減少にも注目している。かつての議事録作成や調査・レポート作成は、仮に失敗しても損害の小さい、低リスクの訓練場でもあった。そうした場が自然には生まれにくくなった今、失敗できる場を意図的に再構築していく必要がある。

AIロールプレイングによる対人スキルの高度化

有効なのは、AIを顧客に見立てたロールプレイングだ。バーチャルなシミュレーションは、心理的安全性を確保しながら何度でも失敗できる場として適している。クレーム対応のような心理的負荷の高い場面も冷静に対処法を磨くことができ、声のピッチや抑揚、表情解析といったAIによる客観的な評価は、納得度の高いフィードバックを可能にする。

未来の仕事ワークショップ

また、新しいAIを使った仕事の進め方を疑似体験するワークショップも有効だ。顧客企業と共同で、双方の若手がチームを組んで業界課題の解決策を提案する「未来の仕事ワークショップ」を開催すれば、実践的な課題解決能力とともに、業界内でのネットワーク形成や将来の共創関係にもつながっていく。

新たな育成のロードマップ

以上を踏まえた新たな育成の流れは、次のようになる。まずPhase 1では、AIを徹底活用する「攻め」のOJTから入り、AIを使いこなし、思考のパートナーにする力を養う。続くPhase 2では、エッジケース収集インタビューを立ち上げ、若手が作業の受け手ではなくインタビュアーとして、熟練社員から知見を引き出す役割を担う。

Phase 3では顧客理解へと進み、現場観察や顧客との対話と並行して、AIバーチャル顧客で対応力を高める。そしてPhase 4では、第二部署プロジェクトをミッションとして担い、AIを前提とした業務・組織の再設計に挑戦してもらう。収集した失敗事例をAIに組み込んでナレッジベースとして運用すれば、若手の学びは組織全体の知的資産として蓄積されていく。

各Phaseは1〜3ヶ月程度で設計する。このロードマップはあくまで一例だが、大切なのはAIを使いこなす人から、知見を引き出す人、顧客と業界を理解する人、そして未来の業務や組織を設計する人へと、フェーズが進むごとに若手の役割を段階的に変えていくことにある。

なお、育成を自社という閉じた環境だけで完結させる必要はない。若手をベンチャー企業に一定期間送り出したり、地域課題をAIで解決するプロジェクトに参加してもらったりする「越境学習」は、自ら考えて動く経験を通じて、AIに代替されにくい当事者意識と、現場に根ざしたビジネス感覚を育ててくれる。若手育成は業界共通の課題だからこそ、企業の垣根を越えて、クライアント企業と共同で取り組むことも有効な選択肢になるだろう。

終わりに:AI時代の若手育成は企業だけの問題ではない

AI時代のジュニア層育成では、従来のOJTの延長という枠組みからどう飛び出していくかという、out-of-the-boxのアプローチが重要になる。若手を「作業の担い手」ではなく「AIとの共創者」として位置づけ、AIアウトプットの編集力やメタ分析力を鍛えることで、AIには到達できない顧客の深層理解や暗黙知の形式知化に注力してもらう。そして、失敗できる場と挑戦できる場を意図的に設計し、若手が「今、この瞬間も成長している」という実感を抱ける環境を構築していく。

見落としてはならないのは、この問題が若手だけに閉じないことだ。ジュニア層の業務が蒸発することは、彼ら彼女らを指導することで「教える技術」を磨いてきたミドル層の訓練機会も、失われることを意味する。管理職自身の仕事をAIで効率化して育成に向き合う「思考の余白」をつくり、AIに部下育成のコーチングをしてもらうことも含めて、管理職が「AI時代における人間の育てかた」を学び直す施策もセットで用意することが望ましい。

 

前編でも述べたように、AIを導入した企業では若手の雇用が実際に減り始めている。「AIでできるから採用しない」という、いわば「静かな雇用調整」は、若手が得られるべき技能形成の機会を奪い、労働市場における長期的な格差を生む火種となり得る。この問題は一企業の人材育成にとどまらず、業界全体、さらには経済や社会にも及ぶテーマになっていくはずだ。だからこそ、企業を越え、業界を越え、社会として向き合っていく必要がある。

 

※関連記事:AI時代の人材像を考える視点「三領域能力モデル」とは何か

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  • 森 正弥
    博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、 Human-Centered AI Institute代表

    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
    東北大学 特任教授、内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会 顧問。
    著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。